キショい奇書

実は国会図書館(東京本館)に無かったので、上野公園にある国際子ども図書館へ2度ほど足を運んだ。

ここでの目当ては1970年代に講談社が発行していたドラゴンブックスシリーズ(全11冊)。
まさに「子どもにトラウマを植え付ける為だけに刊行された」と言い切って良いほどの図鑑系児童書と言える代物だった。

実を言うと私はリアルタイムでこのドラゴンブックスを手に取った事は無く(寧ろ二見書店や秋田書店の幽霊図鑑や、立風書房のジャガーバックスなどがピンと来る)、ごく最近ネットで存在を知り、国会図書館を経て国際子ども図書館へと出向いた。

この建物自体は明治時代から図書館として利用されたそうで、10年近く前に子供向けの(とはいえ児童文学関連の専門的な資料や外国語の児童書など、専門家向けのスペースもあるが)図書館としてオープンする際に現在的な増築をして、内部はまるで映画「ハリー・ポッター」の魔法学校のような(まぁあそこまで広くは無いが)結構開放感溢れた作りとなっている。

で、お目当ての本だが…一度パソコンで検索した後用紙に書いて担当者に渡すという新しいんだか古いんだか分らない方式だった。
田舎の図書館だったらパソコンは置いていないし、東京本館だったらカードを差し込んで検索&予約すれば市役所や免許更新の際の受付番号呼び出しのような形で用意してくれたりするんだけど…せめて予約した後で印刷出来ればいいのに。

無事予約を済ませて本が到着~と思ったら表紙カバーが無くて赤地にタイトルを印刷した簡素な本が。怪しさ抜群の表紙に魅かれてここまで来たのだが…
と、ここでテンションがダウンしたけど、肝心の内容を読んで一言「カオス」

表紙もそうだが、中の挿絵も見世物小屋的(或いはお化け屋敷的)な怪しさがプンプン匂っており、そのエピソードやネタの数々と相まって(まともなのも幾つかあるが)当時小学生が読んだらトラウマ確実なジャリ本に仕上がっている。

例えばいくつか例を挙げると…

「世界海賊百科」という本では、
海賊が捕虜の腸を引きずり出して木に打ちつけた上に火で炙り、捕虜が逃げ回るたびに腸が出て行く様を楽しむとか、
捕虜の臓器を抉り出して別の捕虜に無理矢理食わせたりとか、
捕虜を串刺しにした上に焼き鳥のように串焼きにしたりとか、
逆に海賊が捕まると殆どが縛り首になったり、或いは人食い人種に食われたりして、

「吸血鬼百科」という本では、
実在したヴラド・ツェペシュによるトルコ人串刺しの話とか、
イギリスで実際に起こったビーン一族による壮絶なカニバリズムとか、

「飢餓食入門」という本では
青虫やミミズ、タンポポ、果てはゴキブリを食材にした料理(しかもご丁寧に写真付き!)とか

もう「こんなのガキに読ませるの?」というエグ過ぎる話(&イラスト)が多く、70年代当時良く発行出来たな~と感じる。
キッツ~い話の中にまともなエピソードや古い映画の写真が載ってあったりするものだから、エグい話が一層際立ったりする。

まんだらけのような専門店でさえ中々出回らず、一番近道且つ安く読める方法としては上野に行くくらいしか方法は無いと思うが、この奇書(本当に読んで字の如く。決して「偉大な本」という意味じゃないぞ)を見かける機会があれば、是非手にとって読んで欲しいと思う逸品である。
う~ん、未だに一部で根強い人気を誇り、ネットオークションじゃ法外な値で取引されるのも分らないでもないなぁ。

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潮匡人氏萌え

書店で何気なく手に取った「超日本国憲法」を拝読。

斎藤貴男、鈴木邦男、潮匡人、林信吾各氏による対談集で、其々の立場で論戦を繰り広げるのだが…正直あまり期待してなかった。
が、タイトルの通り潮匡人氏に萌えてしまった。

この人の言い分は雑誌や新聞でたまに目にするのだが、「憲法成立までの過程がまるで分かってないアホなオッサン」「あんた本当に公務員やってたの?」などと呆れる程だった。
しかし本書を読んで「キリスト教徒としての靖国神社との関わり方」や「憲法そのものの性質が分かっている」点など、独自の倫理が感じられ、「ちょっと可愛いかな?」と思うに至る。

特に
「(大東亜戦争に)負けた戦争なのですから何も間違っていなくて正しかったはずがない」
「裁判官が難しい司法勉強だけしてそのまま判事の経験しか積んでいないので、飛行機の操縦が何も分からないので、説明をしたところで理解できない」
「何故なら、(靖国神社を)必要としている人がいるからです」
など、頷ける点が結構ある。
その前後では「それは絶対違うぜ~!」と思う箇所も多いが、まぁ人間意見が違って当たり前、「基礎的な知識が備わっていれば」意見を述べる資格は十分にあると思う。
ただ、この人の場合は(斎藤・鈴木・林三氏と違って)根本的に憲法制定史が分かっていない所は問題だと思うけどね。

ところで鈴木氏の著書を見る度に思うけど、あんた本当に右翼なの?
言ってる事がリベラル&まともすぎる。

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ナマクラつらぬき丸

Photo今回は原作が原作なので、敢えて無理矢理「書籍・雑誌」のカテゴリーに入れる。
5年半前に映画「ロード・オブ・ザ・リング(第1部:旅の仲間)」を観た時にショップで購入したスティング(つらぬき丸)のペーパーナイフを引っ張り出して会社の事務で使おうとして、予行演習とばかりに電気代の払込所の封筒を切り裂い…
切れねえ!!

原作では切れ味抜群でも使う人(ホビット)達が戦闘向けのキャラクターでないせいかあまり印象に無いな筈なのに所々で引っ掛かり、手で切ったほうが早い有様。
造形は原作(映画)のイメージ通りで、燻し銀っぽい質感も気に入ってるのに…流石に青白く発光はしないけど。

2 で、近くにあった「聖闘士聖衣神話」のベアー檄に持たせてみた。
意外としっくり来て、勇者コナンみたいでカッコいい。

1つらぬき丸が金属製なので、神話の腕では長時間持たせるのは無理。
元々聖闘士は武器が持てない設定なので(でも例外が結構ある)「ど~かな?」と思ったけど、意外な使用法を知って結構満足。

結局、会社では去年「馬の博物館」で購入した真鍮製のペーパーナイフを使ってたりする。

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パールの真意

中島岳志著「パール判事―東京裁判批判と絶対平和主義」を拝読。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%88%A4%E4%BA%8B%E2%80%95%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%89%B9%E5%88%A4%E3%81%A8%E7%B5%B6%E5%AF%BE%E5%B9%B3%E5%92%8C%E4%B8%BB%E7%BE%A9-%E4%B8%AD%E5%B3%B6-%E5%B2%B3%E5%BF%97/dp/4560031665/ref=pd_sim_b_4/249-9825878-0098739
このレビューでは明らかに何人か「読みもしないで批判している」「著者が書いてない点を的外れに批判している」といった「批評家がしてはならない事」をやっているが、概ね読んでいる方が多い。

以前書いた事と重複する部分が多いので、手短に。

プロが書く書籍としては「ごく当たり前」で、如何に今までパール(パル)が誤解されているかが良く分かる。
嘘だと思うなら→の「本棚」で私も拝読した「共同研究 パル判決書」上下巻を読んでから本書を読むべし。そしてその上で批判すべし。
でも個人的に第3章は長すぎ。まぁ私がパル判決書を全文読んでいるからウザく感じるだけなのかもしれないが。

余談だが、家永三郎は生前その著書「戦争と教育をめぐって」でパールを批判している。
その是非は兎も角、「共産主義に対する偏見」「正論もある」といった「読んだ上で批判する」堂々とした姿勢は少なくとも私は評価する。

パールを利用して自書の売り上げを伸ばさんと企てる卑怯者・何処かの和製歴史修正主義者どもとは豪い違いだ。
「意見」とは「読んだ上で」すべきなのだ。

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究極の漫喫(但し食堂と閲覧室は別)での災難

ン年ぶりに国会図書館に赴く。
嘗てはいちいち目録で検索して紙に書いて職員の窓口に提出しなければならなかったのだが、数年前既に資料検索が電子化されて、PCからの入力で簡単に貸し出しがされる方式になっていたのには驚いた(尤も、資料の貸し出しまで暫く待たされるのは相変わらずだが)。
調べたのは「スーパーロボットマガジン」のバックナンバーと国会図書館内の憲政資料室の日本国憲法制定関連の資料を少々。

前者は発売当時Vol.7が未読だったので、Vol.8で「超電磁大戦ビクトリーファイブ」第二部が掲載された時突然ダルタニアスが出て、しかも敵としての登場が衝撃だった。
Vol.7での予告がどのようなものだったか今回確認できて感無量。
予告ではあくまでコン・バトラー&ボルテス(とハイネル=モノホーン&ガルーダ)がメインであり、ダルタニアスはシルエットでの登場、編集後記でも「あのロボット」扱いで「知る人ぞ知る」状態だったりするが。
まぁ2002年当時は「スパロボ」未参戦という事情を考えればしょうがない(但し、当時の観念・参戦上の常識で言えば「とっくに参戦していなければおかしい」状態ではあったが)。
ひょっとしたら「D」での参戦を前提としたタイアップ企画かな?と邪推したくもなるけど。

後者は…まぁ嘗て読んだ資料の再読中心だったが、「松本烝治は自国の憲法を作成する能力も気概も無く、尚且つ自国民が作成した憲法草案の数々を悉く否定し、ただ『国体護持』『自分達エリートだけが旧憲法を改正する』という面子にのみ拘った小物」という事実を再確認した。
※所謂「松本委員会」はあくまでも「新憲法作成」ではなく「明治憲法の改正」が第一義だという点に注意
関連資料や新聞の縮刷版でもこの事は断片的に知る事は出来るが、終戦直後当時の世相から鑑みるにこっちも「知る人ぞ知る」状態になるのは致し方ないのかなぁ?
デフォルメしすぎとはいえ、松本烝治に対するジェームズ三木さんの描き方は正しい。
余談だけど、別サイトで松本烝治&松本案(あと共産党の現行憲法に対するスタンス)を批判しようかと幾度も考えたけど、特定の故人(或いは政党)に対する無用の誤解を与えかねないので、これから書くことがあれば母屋(ブログ)で書くことにする。

で、資料を読んでいる最中にババァ女性職員から「この付箋今すぐ外してください!」などと因縁をつけられ注意された。
件の資料は借りる時職員から「自分達が事務を行う上で調べているものなので付箋を付けています」と言われていたので、敢えて付箋を外さずに読んでいたのだが、そんな事お構い無しに「今すぐ外してください!」などと強弁し続ける。
勿論私は「事務の方が付箋を付けています」と何度か説明したけど中々信用してくれず、別の野郎職員に説明してやっと事なきを得た。
てめーあと20年若けりゃ即刻緊縛→撮影→妊娠→赤ちゃんポストの刑だぞボケまぁ言いがかりつけやがったババァ注意した女性職員は結局謝ったんでババァはいかにも「何で私が謝らなけりゃいけないのよ!」と言いたげだった許してやらんでもないが。

向こうも仕事だから注意するのは当然として(尤も普通付箋を貼る悪質な奴はそれなりの文具を用意するものだが…当時私は文具を持っておらず、鞄はロッカーにしまっていたからちょっと観察すれば分かるものだろう)、居丈高なモノの言い方は何とかしろよクソババァ。いかにも「お役所仕事です」と言ってるようなもんだぜ。
近頃女難の相があるのかなぁ…?

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憲法制定史の見るべき裏面

小西豊治著「憲法「押しつけ」論の幻(講談社現代新書)」を拝読。
発生当時から既に崩壊している「押し付け憲法論」(これは当時の議事録や新聞などを読まなくても分かるが)を盲信している輩が書いている代物に比べれば、遥かに良書だとは思うが…何かが足りない印象もあった。

植木枝盛研究をしていた鈴木安蔵が憲法研究会案作成に参加し、GHQ草案やマッカーサー草案に間接的な影響を与え、現行憲法に歪ではあるが生かされた経緯が描かれている。
まぁ、ぶっちゃけ真新しい事実は無く、憲法制定史を勉強している方々からすれば「釈迦に説法」的な基礎中の基礎・常識中の常識で、今更新書として出すほどのものか?と思わないでもない。
著者は少なくとも文中及び巻末の資料をちゃんと読んでいて(私でさえ何冊か読んでいるから少しは分かる)、その上で「こうなるだろう」の仮説を打ち立てており、学者としては当たり前の姿勢で書いている。
(まぁ学者ならそれが当然で、某歴史教科書を作る会のように「自己の思想目的から来る結論のために平気で資料の歪曲」をやらかす方が不健全なのだが)

但し、問題点も。
ベアテ・シロタ女史のアイデアである「女性の人権拡充」や前文や9条について憲法研究会のメンバーが「そこまで考えてねえよ(意訳)」と突っ込みを入れたりと、「憲法研究会案~GHQ案~マ草案~現行憲法其々の違い」をちゃんと書いて欲しかったという気持ちはある。
まぁテーマとは若干ブレるが、憲法制定史を勉強する上では重要なファクターなので、外すわけにはいかんだろう。

いずれにしても、現在入手可能の「憲法制定史に関する入門書」としてはジェームズ三木著「憲法はまだか」と並んで最適だと思う。
こ~いったちゃんとした入門書を読むことから始めて、そこから元ネタの資料を読み込むのが、一見遠回りのような感じはするが事実関係の確認の最短距離なのだ。
いきなり「『日本国憲法成立史』のような資料を読め!」っていったって我々凡人が理解できるわけなど無いからな~。
喩えて言うなら「小学生に『三国志って何~?』と聞かれていきなり正史『三国志』を突きつける」ような正しいが野暮なもので、やはり知識を仕入れるにあたって順番は大事だ。

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社会科学の憑き物落とし

パオロ・マッツァリーノ氏「つっこみ力」を少し前に拝読。
正直言うと「反社会学講座」よりはキレが無く、「反社会学の不埒な研究報告」よりは面白い。

メディアリテラシーや正論が何故ゴシップなどのいい加減な論調に敗れる運命にあるのかは良く分かる本ではある。
「いくら正しかろうが学術書よりもテキトーな事を面白おかしく書いている週刊誌やオピニオン誌のほうが売れる」のは、悔しいが真理の一端である。学者側の人間もエンターテイメントを重視し、「愛と勇気とお笑いを」もってつっこみを入れる事は必要だと思う。
この本(や前2作)については肩肘張らずにデータのトリックや紋切り型の論調に対する突っ込みという読み方をするのが良いかと。

また、私が一番感銘を受けたのは、
「植民地政策は支配される側にも恩恵があるのだぞ、なんていいぐさです。どう転んだって、支配する側のほうが莫大な恩恵を受けるのは明らかで、赤字覚悟のボランティアで植民地支配に乗り出すバカはおりません」
の文言。

まったくもってその通りで、一部の人間は「朝鮮支配は良い事もしたんだぞ」と世迷言をほざくが、植民地支配の本質をまるで分かっていない。
(勿論私が知っている限りでは米、独、蘭、英でも↑をほざく輩はいる。こ~いう奴らに共通するのは、他国の政策は批判するくせに自国だけは正当化を図っている事。「五十歩百歩」という言葉が良く似合うな)
植民地支配を正当化するなら、占領期の亜米利加なんて我々に対して

自国の憲法草案を強引な政治利用で掬い上げてくれて、財閥は解体してくれて、当時の軍国主義者を歪過ぎる裁判にかけてくれて、農地は解放してくれて、アカ共産主義を解放すると見せかけてパージしてくれて、旧権力者を逆コース復活させてくれて、自衛隊を押し付けてくれて(まぁだからといって現在、現場で働いてくれる方々を貶めるわけではないぞ)…

と、戦中より遥かに良い政策をしているので、絶賛しなければ筋は通らないが…何故か自国の正当化を図る奴らはこの点は評価しようとしない。典型的なダブルスタンダードだ。
私などはガンプラを飾って反米主義を名乗っている場合ではなく、マッカーサーの人形を何処からか見つけて、神棚に祀らなければならないではないか!

…って本題から大きく逸れたが、「つっこみ力」自体は良書なので、読んで損はないと思う。

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ジャミラの雫

やっとこさ「邪魅の雫」を読了。何だかしっくり来ないなぁ…。

全体像が見えない描き方で、結局は「殺した人間が殺される」「それを唆した人間がいる」というもの。
黒幕は…榎さんによって罰を与えられるのだが、何だかなぁ。彼女は(も?)、次回作で堂島に殺されるのかなぁ?
「絡新婦の理」とは違って、女性陣に全く魅力が感じられなかった。
また、大鷹は益田や関口と邂逅するものだとばかり思ってたんだけどねぇ…この点も肩透かし。
また、京極による「邪魅」という妖怪談義がないのもマイナス。私の中ではこのシリーズ(京極堂シリーズ)の主人公は関口ではなく京極だと思っているので、この点も看過出来ない。

作品そのものの出来は悪い訳ではないし、辻褄は合うんだが…。

唯一の収穫は、石井四郎と堂島静軒の二人が仲良しだった事実である。
石井は戦中のアレは言うまでもないとして、戦後自分は米軍に情報を売って戦犯逃れをし、部隊の下の者には「部隊にいた」事実を隠し通せと言い、その結果下層の人々は軍人恩給を受けられず塗炭の苦しみを強いられた。
堂島は「愉しむ」為なら他人を平気で踏み台にするタイプで、中国大陸での事(榎さんが示唆していた)や「塗仏の宴」での暗躍の例を引くまでもなく、邪悪な人間だ。
この二人が「ウマが合う」のは納得。

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世紀の珍品

密かに「憲法九条を世界遺産に(集英社新書)」を読了。爆笑問題の太田光、中沢新一両氏の対談で、元は雑誌「すばる」に掲載されていた物の単行本だったりする。

一言で言うと「分かっている人が分かっている人に語りかけている」本だと思う。ちょっと意地悪く言えば「一見さんお断り」な雰囲気もあるけど。
宮沢賢治や田中智学、桜の狂気、アメリカに対する複雑な思い…双方の脳内を少しだけ垣間見える逸品。暇&金があれば読んでも損は無い。
まぁ私の思想や主義とは相容れない点は多いものの、「知っている人間」の言葉は重いものなのだ。
日本国憲法を日米合作と評しているあたり、ちゃんと憲法成立史を把握している。知らなければこんな言葉は出ない。

売れている本など原典たる資料の足元にも及ばないと思っていたが、このような(ライトながらも)良質な本が出てくれるのは、まだまだ我が国も捨てたものでは無い証拠だねぇ。

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アースシーは王者の風よ

本来なら先日の施設に関連して、公務員の靖国神社参拝問題について書こうと思ったが、明日の朝刊と照らし合わせた上で思うところや問題点を書き、写真やリンクをつける予定。

「ゲド戦記」第3部まで再読了。4部以降の3冊は未読なので、楽しみ。

個人的には第1部>第3部>第2部の順…偶然だが、ジョジョの好みと一緒(笑)。まぁ全体的には地味な作風で、派手な戦闘シーンや魔法、魅力的なキャラクターなどは皆無だが(失礼!)、「世界の均衡」「魔法(=真の名)」といった作中のルールや、そこから来る含蓄に富んだ台詞(≒ル=グウィンの思想?)がそれらを補って余りある。

しかし積年の疑問があった。第2部でゲドはアルハっていうかテナーに助けられたを助けたんだけど、2巻終了後も別に墓所が(ヒーロー番組に於ける悪の秘密結社本部のように)爆破されたわけでも黒幕が死んだ訳でもなく、因習は(代わりの巫女さえ見つかれば)続き得る状態で腑に落ちないなぁ…と思っていたけど、今回再読して「少女が自分の選択で自立する」というメインテーマがあるから、その点は目を瞑ってもしょ~がないかな?と思うに至った。

でもアルハ=テナーは、相変わらず(俺にとっては)魅力の無いヒロインだったりする。

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「ゲド戦記」再読中

「ゲド戦記」がアニメ映画化される煽りからか、本の再販・ソフトカバーでの出版がされているので再読している。まぁ、実は学生時代3巻までは読んでいたのだが、4巻以降は「内容を殆ど忘れている」という理由で未読だったりする。

で、今回再読して一言「作中明確なルールが設定されており、基本的にキャラクターがそのルールに逸脱しないで行動する」事実を再確認。

作品によっては「キャラクターへの偏愛」によるルール逸脱が多く、それが結果として作品が面白くなるのなら兎も角、作品世界の崩壊に繋がっているパターンが少なからず存在するのがなぁ…。

全体的に「指輪物語」のような歴史書や神話を読むような感覚では無いし、レイストリンやグレイ・マウザーのようなアクの強いキャラクターが出るわけでも無いし、或いはテーブルトークの「ロードス島戦記」のライブ感覚も無い。とても地味な作品だが含蓄に富み、心に響く作風ではある(まぁ、少年時代のゲドを含むガキ共がウザいというのはあるけど)。

荒木飛呂彦氏は「ファンタジーが好きではない」ようだが、寧ろ彼にこそ読んでいただきたい逸品である。

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「三国志が好き!」という事

本当なら、議員の身でありながら「公的な立場で」靖国神社へ参拝しようなどと企てる(或いはそれを支持する)阿呆な反社会的・反日主義者どもに突っ込みを入れるところだが、職場で三国志の話題が出たので、それに関する個人的な感情を少し書く。

私は三国志が好きである。正確に言えば

三国志(正史)≧演義

なのだが、実際読んでいるのは…正史と演義は別格として、吉川三国志や興亡三国志、泣き虫弱虫諸葛孔明、漫画の横山三国志、SWEET三国志、蒼天航路、爆風三国志(と現在連載中の覇-LORD-)くらいのもので、後は渡辺精一氏や井波律子女史(悪の秘密結社・蜀ッカーの最高幹部?)の書籍くらいのもので、マニアやオタクというには程遠いものである。

なので私は自分から「三国志が好き!」とは言わないけど、世の中には正史や演義を読まないで「三国志が好き!」と言う御仁が多いようだ。

先日、職場の後輩が「三国志が好き!」と言うので話を聞いてみたのだが…どうも正史と演義、それに民間伝承の区別がついてないようで「蜀漢」滅亡で終わっていると思っているフシがあった。

勿論ツッコミ属性の血が騒ぐ私は…その場でいちいち突っ込みたかったが、彼の嬉しそうな顔を見ていると「突っ込むのも可哀想かな?」と思い、心の中で突っ込むに止めた。

彼に限らず、大抵の「三国志語りたがり」な人間は、「正史や周辺資料を漁り、事実を模索する」わけでもなく「演義やその元ネタ、或いはそこから派生した文学史を研究したい」のでもなく「様々な三国志作品を見比べ、作家独自のアプローチを愉しむ」わけでもなく、ただ「三国志的なものをネタにして喋りたい」だけなのだと思う。喩えて言うなら「酒の肴」なんだろうな。

彼らにとっては事実関係や文学の血脈、或いは原典のエッセンスを用いた作家の個性など、ど~でも良いのだ。

「だから悪い」というわけではない。

人其々の愉しみ方があっていいとは思うが、私はそ~いう愉しみ方が出来ない野暮な人間なのだ、と感じるだけなのだ。

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みんめ~しょぼ~/稀代の傑物

先日、泊まりの仕事があって、休憩時間中に(公務中じゃないぞ)「民明書房大全」を読んでいたところ、上司に「何読んでいるんだ?」と言われて…とっさに一言

「武道史の勉強です!!」

って切り返しちゃった。まぁ、俺嘘吐いてないし。

この書籍についての評価は言うまでも無いが、最低でも一冊は紹介漏れがあるので、その点は残念つ~か遺憾。

ヒント:第4部

ところで江田島平八だが、我々凡人では計り知れない傑物である。

当時「三等国民」「チャンコロ」等と侮蔑的な扱いを受けていた中国人と友情を育み、戦後マッカーサーとタイマンを張って(んなアホな!)、コロコロ変わる節操ナッシングな柔軟性溢れる教育方針を実践するなど、常人の及ばない男である。

彼を単なる右翼と祭り上げる(或いは貶める)反日主義者どもには、江田島平八という日本男児(やまとおのこ)の片鱗をも理解する事など永久に不可能なのだ!!!

「非常の人、超世の傑」という人物評は、彼にも当てはまると思う。

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